按察

2
松と楓が揺れ、僧坊の簾が音を立てた。僧都は膝を正して座っていた。右大将の親類で、かつては中納言まで経験し、世間からも期待されていたのだが、その後巡りあわせが悪く、出家したのだった。僧都は一族の期待を背負う右大将を誇らしくも頼もしくも思っていたが、朝廷の内外で繰り広げられる勢力争いは苛烈を極めていたから、この若い親類のことが心配でもあった。
「私のように俗世間を捨てた者からすると、右大将という位はとてもまぶしく感じられますよ」
僧都は静かな目をしていた。
「しかし、伯父上もかつて中納言まで昇任されたそうではありませんか? 私も本日右大将を兼任させていただくことになりましたが、中納言であることには変わりませんから、伯父上とまったく同じ位置です。少しもまぶしくはございません」
右大将は、これから先の出世を目指す遠い階梯に目が眩むような気持ちになっていたのだが、それはそのまま顔に出ていた。
僧都は甥の野望をありありと想像できた。かつての自分と同じ夢を追い求めているだろうことは、ほぼ間違いないと思った。
「いや、私などは中納言と言っても権中納言でしたから、吹けば飛ぶようなものでした。それに比べて、あなたはれっきとした中納言で、しかも、右大将を兼任なさることになった。ここまで来れば、関白も夢ではないでしょう」
伯父にはっきりと思っていることを言われると、右大将もさすがにたじろいだ。
「いや、関白までとは、さすがの私もそこまで、身の程知らずのことを望んではおりません」
僧都は甥を叱りつけるように言った。
「何をおっしゃいます。今からそんな気の弱いことをおっしゃってはなりませぬ。あなたのおじいさまやお父上が聞いたら、悲しみますぞ」
右大将は意外に思った。伯父は僧侶として、ひたむきに仏道修行に励んでいたから、政治の話には、もはや興味を失っているとばかり思ってきたのだ。その伯父が関白への道を明確な目標として自分に示しているのである。
「そのようにあなた一人で不安に思う必要はありませんよ」
僧都は当惑しているらしい甥の気持ちを察し、少しずつこの世界の扉を開き、徐々にこの甥の気持ちをその扉の向こう側に導こうとした。
「実は私はあなたが今どういうところに立っているのか、いつかお話しようと考えておりました。あなたが、自らの意志で今日積極的に右大将をものにされたとお伺いいたし、私は大変感心いたしました。これならば、もうこの話をしてもきっとあなたは受け入れなさると確信する次第です。どうでしょうか? 私の話に興味はございますか?」
右大将は、伯父の表情から読み取れるすべてを見逃すまいとでもするように、目を大きく見開いた。
「もちろんです。私は今ここまで来る間、馬上でちょうどそのようなことを考えておりました。私の祖父のこと、父のこと、我が一族のこと。そうです。栄誉ある我が一族の昔と今は何か、ほんの少しの何かが違うのです。何が違うのかは私にはよくわかりません。どうして違ってしまったのかも私にはまったくわかりません。亡き帝、亡くなった宣耀殿女御――私の姉、気高く立派な方はみんな亡くなってしまった。そして、この世界には新しい流れが起こっています。今日大変な失態を演じた従兄は、もうこれで政治的生命を終えるかもしれません。しかし、わからないのです。あの男は不気味な気配を持っています。そのように現在の私を取り巻くさまざまな風や潮や流れが、私にはどうしても読み切れないのです。もしこうした私の悩みを解消していただけるのでしたら、今の私は大変救われます。どうか伯父上お教えくださいませ」
右大将は僧都の前にひれ伏した。
「どうかお顔をお上げください。そのように私の話に期待していただけるのはありがたいことですが、あなたのお悩みを解消できるかどうかまったくわかりませんよ。とにかく私の知っていることだけは、お話いたしましょう」
「私のように俗世間を捨てた者からすると、右大将という位はとてもまぶしく感じられますよ」
僧都は静かな目をしていた。
「しかし、伯父上もかつて中納言まで昇任されたそうではありませんか? 私も本日右大将を兼任させていただくことになりましたが、中納言であることには変わりませんから、伯父上とまったく同じ位置です。少しもまぶしくはございません」
右大将は、これから先の出世を目指す遠い階梯に目が眩むような気持ちになっていたのだが、それはそのまま顔に出ていた。
僧都は甥の野望をありありと想像できた。かつての自分と同じ夢を追い求めているだろうことは、ほぼ間違いないと思った。
「いや、私などは中納言と言っても権中納言でしたから、吹けば飛ぶようなものでした。それに比べて、あなたはれっきとした中納言で、しかも、右大将を兼任なさることになった。ここまで来れば、関白も夢ではないでしょう」
伯父にはっきりと思っていることを言われると、右大将もさすがにたじろいだ。
「いや、関白までとは、さすがの私もそこまで、身の程知らずのことを望んではおりません」
僧都は甥を叱りつけるように言った。
「何をおっしゃいます。今からそんな気の弱いことをおっしゃってはなりませぬ。あなたのおじいさまやお父上が聞いたら、悲しみますぞ」
右大将は意外に思った。伯父は僧侶として、ひたむきに仏道修行に励んでいたから、政治の話には、もはや興味を失っているとばかり思ってきたのだ。その伯父が関白への道を明確な目標として自分に示しているのである。
「そのようにあなた一人で不安に思う必要はありませんよ」
僧都は当惑しているらしい甥の気持ちを察し、少しずつこの世界の扉を開き、徐々にこの甥の気持ちをその扉の向こう側に導こうとした。
「実は私はあなたが今どういうところに立っているのか、いつかお話しようと考えておりました。あなたが、自らの意志で今日積極的に右大将をものにされたとお伺いいたし、私は大変感心いたしました。これならば、もうこの話をしてもきっとあなたは受け入れなさると確信する次第です。どうでしょうか? 私の話に興味はございますか?」
右大将は、伯父の表情から読み取れるすべてを見逃すまいとでもするように、目を大きく見開いた。
「もちろんです。私は今ここまで来る間、馬上でちょうどそのようなことを考えておりました。私の祖父のこと、父のこと、我が一族のこと。そうです。栄誉ある我が一族の昔と今は何か、ほんの少しの何かが違うのです。何が違うのかは私にはよくわかりません。どうして違ってしまったのかも私にはまったくわかりません。亡き帝、亡くなった宣耀殿女御――私の姉、気高く立派な方はみんな亡くなってしまった。そして、この世界には新しい流れが起こっています。今日大変な失態を演じた従兄は、もうこれで政治的生命を終えるかもしれません。しかし、わからないのです。あの男は不気味な気配を持っています。そのように現在の私を取り巻くさまざまな風や潮や流れが、私にはどうしても読み切れないのです。もしこうした私の悩みを解消していただけるのでしたら、今の私は大変救われます。どうか伯父上お教えくださいませ」
右大将は僧都の前にひれ伏した。
「どうかお顔をお上げください。そのように私の話に期待していただけるのはありがたいことですが、あなたのお悩みを解消できるかどうかまったくわかりませんよ。とにかく私の知っていることだけは、お話いたしましょう」