按察

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6

 外の匂いというのは独特なものである。外から誰か入ってくると、すぐにそれとわかる。右近が入ってくると、宣耀殿女御はそう思った。
「お気遣いをいただき、ありがとうございました。少納言の乳母の子は、すっかり喜んでおります」
 とち餅食べたさに、右近たち女房がひと芝居打ったような気もするし、乳母の娘がとち餅を食べたがったのは、単なる偶然だったような気もする。後宮では何もかもが芝居のような気がして、宣耀殿女御は神経が滅入っていた。
「それで、すっかりお話しするのが遅くなりましたが、主上が今晩お召しでございます」
 宣耀殿女御は驚きを隠せなかった。
「今晩もなの?」
「そうなのでございます。本当に主上はあなた様がお気に召してございます。光栄なことでございます」
 もう四晩も続けてであった。宣耀殿女御も光栄であるとは思ったが、恐ろしくもあった。しかし宣耀殿女御は明るく振る舞った。
「そうね、主上に飽きられてしまわないように、精一杯お仕えいたしましょう」
「それがよろしゅうございます」
 日が短くなった。支度をしていると、いつの間にか外は暗くなっていた。室内は暖かく、明るかった。外に出ると、予想以上に、空気が冷えていて、暗かった。外は冷えて、暗いが、清涼殿は遠かった。皇后、女御、更衣たちは、七殿五舎と呼ばれる建物に住んでいる。七殿とは、弘徽殿(こきでん)、承香殿(しょうきょうでん)、麗景殿(れいけいでん)、登華殿(とうかでん)、貞観殿(じょうがんでん)、宣耀殿(せんようでん)、常寧殿(じょうねいでん)のことだ。これらは内裏創建当初からあったもので、五舎よりも格が高かった。この中でも宣耀殿は、清涼殿の東北に位置し、最も遠いところにあった。もちろん五舎を含めれば、一番遠いのは、宣耀殿のさらに東に位置する淑景舎(しげいしゃ)(桐壺)になった。その五舎とは、飛香舎(ひぎょうしゃ)(藤壺)、凝花舎(ぎょうかしゃ)(梅壺)、昭陽舎(しょうようしゃ)(梨壺)、淑景舎(しげいしゃ)(桐壺)、襲芳舎(しゅうほうしゃ)(雷鳴壺)である。七殿より五舎の方が格が落ちるとは言っても、それは内裏創建当時のころのことであり、現在では必ずしもそうとは限らなかった。いや、七殿とか五舎とかの違いよりは、現在は確実に清涼殿からの距離が格を決めているようなものであった。もともとはこの七殿五舎の中で一番重要で、皇后の住まいとされた場所は、常寧殿であった。藤原良房の娘の明子(あきらけいこ)、藤原長良の娘の高子が皇后として住んだのが、常寧殿であった。しかし、現在は皇后、女御だけでなく、更衣さえ住むことはなかった。ここはもっぱら儀式を行う場所になってしまった。現在、皇后や格上の女御は、清涼殿から近い弘徽殿や飛香舎(ひぎょうしゃ)(藤壺)に住むことが多かった。実際に、藤壺には皇后が住んでおり、弘徽殿には関白の娘である女御が住んでいた。宣耀殿は遠かった。ここから清涼殿に行くには、三人の女御の前を通らねばならなかった。麗景殿を通り、承香殿を通り、弘徽殿を通るのだ。麗景殿には第七皇子の母女御が住んでいた。この女御は皇族であった。承香殿は斎宮女御が住み、弘徽殿は、繰り返すことになるが、関白の娘の女御が住んでいた。この中で斎宮女御だけは宣耀殿女御に好意を持ってくれていたが、他の二人はそうとは言えなかった。宣耀殿女御は、麗景殿の前を通るときは、いつも緊張した。承香殿に来ると、ほっと安心し、そこを過ぎて弘徽殿にさしかかると、また緊張した。
 右近が麗景殿の渡殿に進もうとしていた。かん高い声が聞こえる。麗景殿の女房たちが聞こえよがしにおしゃべりしているのであった。
「もうこれで四日目ですよ」
「本当に宣耀殿女御様は結構なことですね」
「あのような美しいお顔ですから、主上が参ってしまったのもうなずけますわね」
「どうすれば主上の心を奪えるのか、私、教えていただきたいわ」
「そうよ、今度うかがいに参りましょう」
「そうね、明日にでもうかがいに参りましょう」
 宣耀殿女御は、顔を赤くして、うつむいて、足早に渡殿を進んだ。
 麗景殿からは、激しい琴の音が聞こえていた。心をかきむしるような音色だった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 按察
◆ 執筆年 2023年8月5日