按察

按察
prev

12

 よく手入れされた前栽に紅葉がはらはら落ちかかる。その情景を眺めながら、帝は簀子(すのこ)に座していた。暖かい部屋で長い時間ぬくまっていたから、外気が心地よかった。中納言の君が出てきて、熱い酒を注いだ。
「あなたは女御になるつもりはありませんか」
 中納言の君は微笑んだ。
「皇后様がなんとおっしゃるか考えると恐ろしいですわ。私はこういう形で主上のお世話ができれば、十分幸せでございます」
 帝は中納言の君を抱き寄せた。
「皇后様がお呼びになっております」
 中納言の君は奥に入った。帝は酒を置くと、もう一人の女房と奥に入った。御帳台(みちようだい)に先ほどと同じ姿勢で皇后が座っていた。女房が皇后の隣に誘(いざな)った。
「弟を播磨守になさったとか」
「誰かが責任を取らなければ、今回の件は、解決できない。周りはかなり騒いでいるぞ」
「そうでしょうね。私が軽率なことをしてしまったばかりに」
「あなたに責任を取らせるわけにはいかないでしょう」
「弟はあなたのお役に立ちますよ。権中納言よりも力があると私は思っています。頭中将は元の如(ごと)しということで、一週間の自宅謹慎を追加するというわけにはなりませんか」
「それでは播磨守を賞与として付けることになるではないか」
「しかし、宣旨を取り消すよりは、追記する方がご面倒ではないのでは? それに播磨は、海賊に襲われて、国内がすっかり荒れ果ててしまったから、国司のなり手がないところではないですか? 誰もが罰せられたと思いますよ」
「いや、それはもうすっかり片付いたのだ。現在は思っている以上に播磨は繁栄している。だから、賞と思われても、罰と思われることはないだろう。とにかく、また、あなたの身内に甘いと非難されるではないか」
「ご心配に及びません。六義を持ち出せばよいのです」
「まあ、皇后の身内の罪を許しても、それで説明は付くな。しかし、中納言の君が言っていたことは本当なのか?」
「もちろんです。私をお召しになれば、必ず中納言の君を連れて行きます。私は弘徽殿上御局(こきでんのうえのみつぼね)でくつろいでおります」
「あなたはそれでよいのか」
「私には十分子どもがいます。しかし、主上があまりお召しにならないのは、いろいろと困るのです。形だけでも私がお召しいただけるということが重要なのです。そういう形で私をお召しいただけるということでしたら、これが最善のことなのだと思います」
「そんないじらしいことを言うでないぞ。弘徽殿上御局で待たせるものか」
「そこまでおっしゃっていただけるとは、光栄でございます。では、先ほどの件は、よろしくお願いいたします」
「わかった。蔵人頭は気働きがあるからな。実は私も頼りにしておるのだ」
「うれしいですわ。私の好きな弟をそのようにお褒めいただき」
 帝は立ち上がり、清涼殿に戻った。
 その日から、皇后のお召しが続いた。
 弘徽殿上御局に女房が来た。
「頭中将様が藤壺にお越しです」
 皇后は退屈していたところだったので、喜んだ。
「もう謹慎が解けたのね。すぐ行くわ」
「よろしいのですか?」
「ここにいてもつまらないわ。私だけが抜ければ、誰にも気付かれないでしょう」
 女房と皇后が夜の渡殿を引き返した。皇后は女房の姿になっていたから、誰も気付く者はいなかった。
「かわいい女房かと思ったら、皇后様ではないですか」
「あら、そう言ってもらえるなら、ずっと女房姿でいようかしら?」
「主上が惚れ直しますよ」
「それより、あなたはほんとうに構わないの? 中納言の君はあなたの一番大切な人だったでしょう?」
「最近、ずっといい人にめぐりあっちゃったんだ」
「衛門って言ったかしら?」
「姉上は耳が早いな!」
next

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 按察
◆ 執筆年 2023年8月5日