按察

16
長い髪が白い表着(うわぎ)にかかる様子が、若々しい。皇后は宣耀殿女御に対する不安が少し消え、元のような明るさを取り戻した。
昔から二つ違いの姉に憧れを感じていた頭中将は、以前のような快活さを取り戻した姉を見ることができてうれしかった。
頭中将が好きになる女性は、必ずこの姉に似ていた。最初に結婚した左京がそうだった。中納言の君もそうである。衛門も。
皇后は自分に似ている女性を好きになる弟が、なぜだか妙にかわいく思えた。実際、二人は仲のよい姉弟だった。
「姉上が動いてくれたのでしょう?」
「あら、知らないわよ」
皇后は微笑んだ。
「あれほど冷淡だった人が、簡単に会ってくれたなんて、不思議です」
「冷淡な振りをしてたんでしょう」
「私が姉上をお助けしたからですね」
「ほんとうに私、なにもしてないわよ。ただ、お父様に、ちょっと話はしたけどね」
「やっぱり、姉上が助けてくれたんじゃないですか」
頭中将は深々と頭を下げた。
「姉上、ありがとうございます。このことは一生忘れません。姉上がまたお困りのときは、非力ながら、必ずお力になります」
「うれしいわ。私も困っているところを助けてもらってほんとうにありがたかったわ」
皇后も深々と頭を下げた。
姉弟は気が合うので、話を始めると止まらなかった。いつしか日が傾いていった。
寒い四条通を牛車が音を立てて走りすぎる。衛門は耳を澄ます。また、一台通り過ぎていく。
(昨日あんなに早く来た人が、今日はなにをしているのかしら?)
もう室内は灯が灯り始めた。
母が衛門の部屋に入ってきた。
「あなた、もう支度はできたの?」
「はい」
「その着物じゃない方がいいわ。蘇芳(すおう)色のがあったでしょ?」
「あれは、もう形が古いわ」
衛門は所顕(ところあらわ)しには、今はやりの着物を着たかったので、母には内緒で、侍女にこしらえさせていた。
「そんなおかしな形の着物を着ていたら、頭中将様に笑われるわよ。なにしろあの方は、左大臣家のご子息で、非常に由緒正しい方なんですから」
「そんな、左大臣家なんて、今の時代にはそんなにたいそうなものじゃないわ。だって、私の家とあの方の家は、大本までたどれば同じだって、お母様言ってらしたじゃない」
「またそういう屁理屈を言う。私がこう言えば、ああ言う。ああ言えば、こう言う。まったく素直じゃないんだから。そんなことでは、頭中将様に嫌われてしまいますよ」
「嫌われたっていいわよ。別に好きで結婚するわけじゃないんだから。あの方のお父様が、私のお父様に、大国をくださったんでしょ」
「そんなこと、大きな声で言うものじゃないでしょ。人が聞いたらどうするの?」
「いいわよ、別に。でも、いいわ。お父様が陸奥守(むつのかみ)になれば、うちも少しは人並みの暮らしができるでしょうからね」
「なに言ってるの。あなたには今までだって、不自由なくなんでもあげているでしょう。これ以上罰当たりなことを言うものじゃないわ」
牛車の音がした。衛門はすぐにわかった。
「頭中将様がいらしたわ」
「あら、よくわかるわね」
「そりゃ、私は、妻ですもの」
「よく言いますよ」
すぐに大騒ぎしながら頭中将が入ってきた。
「いやあ、申し訳ない。姉の部屋ですっかり話しこんでしまい、遅くなりました」
「私のことより、お姉さまの方が大切なのでしょう」
衛門はわざと意地悪を言った。ほんとうは頭中将は少しも遅くなっていない。今、やっと、日が沈みかけているところである。
「いや、とんでもない。私は、だれよりもあなたのことが大切です。ほんとうに、心から誓って言います」
「ふふふ」
頭中将は今風の衣装を皺だらけにした。
昔から二つ違いの姉に憧れを感じていた頭中将は、以前のような快活さを取り戻した姉を見ることができてうれしかった。
頭中将が好きになる女性は、必ずこの姉に似ていた。最初に結婚した左京がそうだった。中納言の君もそうである。衛門も。
皇后は自分に似ている女性を好きになる弟が、なぜだか妙にかわいく思えた。実際、二人は仲のよい姉弟だった。
「姉上が動いてくれたのでしょう?」
「あら、知らないわよ」
皇后は微笑んだ。
「あれほど冷淡だった人が、簡単に会ってくれたなんて、不思議です」
「冷淡な振りをしてたんでしょう」
「私が姉上をお助けしたからですね」
「ほんとうに私、なにもしてないわよ。ただ、お父様に、ちょっと話はしたけどね」
「やっぱり、姉上が助けてくれたんじゃないですか」
頭中将は深々と頭を下げた。
「姉上、ありがとうございます。このことは一生忘れません。姉上がまたお困りのときは、非力ながら、必ずお力になります」
「うれしいわ。私も困っているところを助けてもらってほんとうにありがたかったわ」
皇后も深々と頭を下げた。
姉弟は気が合うので、話を始めると止まらなかった。いつしか日が傾いていった。
寒い四条通を牛車が音を立てて走りすぎる。衛門は耳を澄ます。また、一台通り過ぎていく。
(昨日あんなに早く来た人が、今日はなにをしているのかしら?)
もう室内は灯が灯り始めた。
母が衛門の部屋に入ってきた。
「あなた、もう支度はできたの?」
「はい」
「その着物じゃない方がいいわ。蘇芳(すおう)色のがあったでしょ?」
「あれは、もう形が古いわ」
衛門は所顕(ところあらわ)しには、今はやりの着物を着たかったので、母には内緒で、侍女にこしらえさせていた。
「そんなおかしな形の着物を着ていたら、頭中将様に笑われるわよ。なにしろあの方は、左大臣家のご子息で、非常に由緒正しい方なんですから」
「そんな、左大臣家なんて、今の時代にはそんなにたいそうなものじゃないわ。だって、私の家とあの方の家は、大本までたどれば同じだって、お母様言ってらしたじゃない」
「またそういう屁理屈を言う。私がこう言えば、ああ言う。ああ言えば、こう言う。まったく素直じゃないんだから。そんなことでは、頭中将様に嫌われてしまいますよ」
「嫌われたっていいわよ。別に好きで結婚するわけじゃないんだから。あの方のお父様が、私のお父様に、大国をくださったんでしょ」
「そんなこと、大きな声で言うものじゃないでしょ。人が聞いたらどうするの?」
「いいわよ、別に。でも、いいわ。お父様が陸奥守(むつのかみ)になれば、うちも少しは人並みの暮らしができるでしょうからね」
「なに言ってるの。あなたには今までだって、不自由なくなんでもあげているでしょう。これ以上罰当たりなことを言うものじゃないわ」
牛車の音がした。衛門はすぐにわかった。
「頭中将様がいらしたわ」
「あら、よくわかるわね」
「そりゃ、私は、妻ですもの」
「よく言いますよ」
すぐに大騒ぎしながら頭中将が入ってきた。
「いやあ、申し訳ない。姉の部屋ですっかり話しこんでしまい、遅くなりました」
「私のことより、お姉さまの方が大切なのでしょう」
衛門はわざと意地悪を言った。ほんとうは頭中将は少しも遅くなっていない。今、やっと、日が沈みかけているところである。
「いや、とんでもない。私は、だれよりもあなたのことが大切です。ほんとうに、心から誓って言います」
「ふふふ」
頭中将は今風の衣装を皺だらけにした。