按察

24
夜になると少し冷えた。風があると余計であった。いつもの料理が並ぶ。侍女がかしこまって酒を注ぐ。
「それで、あなた、摂津守は、なんて言ってきたの」
左京が侍女に目で合図をした。侍女は座って、お辞儀をして、静かに退出した。
侍女が退出するのを待たずに、頭中将は話し始めた。
「これから俺に協力したいんだとよ」
「協力って、どんな?」
「さあ、具体的には言ってなかったけど、家司にでもなるということじゃないかな?」
「まったく、あなたはどうしていつもそうなんでしょうね。はっきりしたことを聞かずに、協力するって約束しちゃったの?」
「馬鹿だな、こういうことは曖昧にぼかしておいた方がいいんだ。はっきりさせて、協力できないことがわかったら、これで関係が終わってしまうじゃないか」
「協力できないようなことを頼まれるぐらいだったら、関係しない方がいいじゃない」
「しかし、摂津守は全国の武士に影響力があるからな。無関係でいられるだけならいいが、敵に回したら、厄介な相手になるぞ」
「そんなに怖そうな武人なの?」
「いや、身なりなんかは文官っぽいし、物腰も柔らかくて、親しみが持てるんだよ。……でもな、なかなかえげつない手を使うそうだよ」
「えげつないって?」
「直接的な武力攻撃はめったなことじゃやらないんだけど、自分の主にとって目障りな相手を妨害したり、罠にかけたり、ひどい場合には……」
頭中将は口をとがらせて、左京に顔を近づけた。左京は右の耳を頭中将の唇につきそうになるほど、近づけた。
「毒殺」
左京の目が大きくなった。
「えー、毒殺!」
「しっ、大きな声出すなよ」
「だって、あなた……」
頭中将が聞こえるか聞こえないか、すれすれの声を出した。
「おまえも、俺を毒殺されたくないだろ」
頭中将の声がいつも通りになった。
「良房、基経といった我らのご先祖様は、摂津をうまく使ったみたいだぞ。もっともそのころは、摂津も今みたいに貴族然としていたわけではなかったみたいだけどな。もう少し武人風だったようだ。世の中もだんだん変わっていくな」
「でも、ほんとうに、あなたに声をかけてくるなんて、どういうことかしら? あなたは、摂政、関白になんかなりそうもないのにねえ。お兄様の権中納言とか、権大納言様、それから、権大納言様のご子息の頭弁(とうのべん)様だったら、あなたとは違って、学問もおできになるし、仕事もよくおできになるそうじゃないの、そういう方に声をかければいいのにねえ」
「兄貴はともかく、頭弁は、俺より年下だし、悪いけど、仕事だって、全然なっちゃねえぞ」
「あら、それは、あなたのひがみでしょ」
「そんなことねえよ。みんな言ってら」
「それも、あなたのお仲間でしょ」
「いや、そんなことはないよ。頭弁は学問はできるんだが、少し堅物でな。政治は、理屈だけじゃうまくいかないからね」
「でも、とても顔立ちが整っていて、女の人の受けがいいわよ」
「なんだよ、頭弁がいいなら、いっしょになればいいだろ。俺は別れてもいいよ」
「そんなこと言ってないでしょ。なんで別れるなんて、そんなに簡単に口に出すのよ。衛門だっけ? なによ、あんな女、少しぐらい和歌が上手だからって、それに、どうせ父親が出世したいから、あなたに娘をあげたのよ」
頭中将は、少し言うと、何倍にも跳ね返ってくることの恐ろしさにしばらく耐え、そのうちに左京の気持ちが落ち着いてきたころに、摂津守が言っていた、左京が喜びそうなことを伝えた。
「あ、そう言えば、摂津守は、俺たちの娘が入内できるように、いろいろな方面で手を尽くすって言ってたぞ」
「国司が手を尽くしても、娘が女御様になれるわけないじゃない。しっかりしてよ」
「う、うん、まあな……」
「それで、あなた、摂津守は、なんて言ってきたの」
左京が侍女に目で合図をした。侍女は座って、お辞儀をして、静かに退出した。
侍女が退出するのを待たずに、頭中将は話し始めた。
「これから俺に協力したいんだとよ」
「協力って、どんな?」
「さあ、具体的には言ってなかったけど、家司にでもなるということじゃないかな?」
「まったく、あなたはどうしていつもそうなんでしょうね。はっきりしたことを聞かずに、協力するって約束しちゃったの?」
「馬鹿だな、こういうことは曖昧にぼかしておいた方がいいんだ。はっきりさせて、協力できないことがわかったら、これで関係が終わってしまうじゃないか」
「協力できないようなことを頼まれるぐらいだったら、関係しない方がいいじゃない」
「しかし、摂津守は全国の武士に影響力があるからな。無関係でいられるだけならいいが、敵に回したら、厄介な相手になるぞ」
「そんなに怖そうな武人なの?」
「いや、身なりなんかは文官っぽいし、物腰も柔らかくて、親しみが持てるんだよ。……でもな、なかなかえげつない手を使うそうだよ」
「えげつないって?」
「直接的な武力攻撃はめったなことじゃやらないんだけど、自分の主にとって目障りな相手を妨害したり、罠にかけたり、ひどい場合には……」
頭中将は口をとがらせて、左京に顔を近づけた。左京は右の耳を頭中将の唇につきそうになるほど、近づけた。
「毒殺」
左京の目が大きくなった。
「えー、毒殺!」
「しっ、大きな声出すなよ」
「だって、あなた……」
頭中将が聞こえるか聞こえないか、すれすれの声を出した。
「おまえも、俺を毒殺されたくないだろ」
頭中将の声がいつも通りになった。
「良房、基経といった我らのご先祖様は、摂津をうまく使ったみたいだぞ。もっともそのころは、摂津も今みたいに貴族然としていたわけではなかったみたいだけどな。もう少し武人風だったようだ。世の中もだんだん変わっていくな」
「でも、ほんとうに、あなたに声をかけてくるなんて、どういうことかしら? あなたは、摂政、関白になんかなりそうもないのにねえ。お兄様の権中納言とか、権大納言様、それから、権大納言様のご子息の頭弁(とうのべん)様だったら、あなたとは違って、学問もおできになるし、仕事もよくおできになるそうじゃないの、そういう方に声をかければいいのにねえ」
「兄貴はともかく、頭弁は、俺より年下だし、悪いけど、仕事だって、全然なっちゃねえぞ」
「あら、それは、あなたのひがみでしょ」
「そんなことねえよ。みんな言ってら」
「それも、あなたのお仲間でしょ」
「いや、そんなことはないよ。頭弁は学問はできるんだが、少し堅物でな。政治は、理屈だけじゃうまくいかないからね」
「でも、とても顔立ちが整っていて、女の人の受けがいいわよ」
「なんだよ、頭弁がいいなら、いっしょになればいいだろ。俺は別れてもいいよ」
「そんなこと言ってないでしょ。なんで別れるなんて、そんなに簡単に口に出すのよ。衛門だっけ? なによ、あんな女、少しぐらい和歌が上手だからって、それに、どうせ父親が出世したいから、あなたに娘をあげたのよ」
頭中将は、少し言うと、何倍にも跳ね返ってくることの恐ろしさにしばらく耐え、そのうちに左京の気持ちが落ち着いてきたころに、摂津守が言っていた、左京が喜びそうなことを伝えた。
「あ、そう言えば、摂津守は、俺たちの娘が入内できるように、いろいろな方面で手を尽くすって言ってたぞ」
「国司が手を尽くしても、娘が女御様になれるわけないじゃない。しっかりしてよ」
「う、うん、まあな……」