按察

36
前にも後ろにも馬が連なっており、心強かった。このような寂しいところを一人で馬を走らせたら、さぞかし気が滅入るであろうと右大将は思った。潮風が冷たかったが、今の右大将にはむしろ心地よいぐらいだった。昨夜を過ごした須磨には、僧都の壮大な別邸があった。まさかそこまで立派なものとは思ってもみなかったので、右大将はさまざまなことを考えさせられた。天皇や貴族とは、いったいなんなのだろう? 播磨以外の国はどれほど発展しているのだろう? 自分は世の中のことをあまりにも知らなすぎたのではないか? そういうことを、少しだけ僧都に言ってみると、笑っていた。須磨のはまだ小さいのだそうだ。なんということだろう。京の貴族だってあれほどの邸宅に住んでいる者は、そう多くない。いったい地方はどうなっているのだろう? 播磨でさえこれだ。豊かに栄えていると聞く東国は、どれほどの発展ぶりなのだろうか?
右大将を囲むようにして前後左右を進む馬は、どれも立派なものだった。馬を操る武士たちは皆体格がよく、敏捷であった。真面目で勤勉だった。
地方の武士たちは、こんなにも働き者なのか? なにか話しかけても、きちんと対応してくれるし、細かく気を配ってもくれる。下手な貴族よりも、余程役に立つ。最近の若い貴族は、ふがいない者が多い。怠け者でなにもせず、それでいて、威張りくさっている者が、増えてきた。あまり勉強もせず、酒を飲んだり、女を追いかけたり、そういう輩が、名門の家にだって、相当にいる。このままでは、そのうちに、こういうしっかりした地方の武士たちに、追い抜かれてしまうだろう。
右大将は、そんなことも僧都に言ってみた。僧都はやはり笑っている。
「武士たちは、どこの国でもよく働きますよ。勉強だってしていますよ。都の若公達より漢文ができるかもしれませんな」
「このままでは、天下は早かれ遅かれ武士に取られてしまうのではないでしょうか?」
「どうでしょうな。取ろうと思えば、いつだって取れるのは確かです。しかし、だれかがそれをやろうとすると、武士同士の争いが始まり、いったんそうなったら、収拾がつかないでしょう。武士たちは、天皇や貴族を祭り上げておいて、その下に付いて、地方の実権を握るのが、いちばんだと思っているようですよ」
「将門は天下を取ろうとしたではありませんか。また、そういう者が出て来るのではないですか?」
「将門は早まりましたな。しかも、やり方がまずかった。東国を独立させて、そこの天皇になろうとしましたな」
「除目までしましたね」
「そうです。あれを朝廷が追討できなかったら、今ごろどうなっていたでしょうな。日本が東西に別れ、それぞれの天皇が大臣、納言、国司を任命していたのでしょうかね?」
「想像もつきません。東国は外国になるところだったわけですね」
「強い外国ですよ。こちらは歯が立たないでしょう」
「将門を追討し、日本が一つにまとまっていてよかったですね」
「ほんとうです」
「でも、東国はまた天下を取ろうとするのではないでしょうか?」
「今度は将門のようなやり方はしないでしょう」
「天皇にはならないということですか?」
「はい。臣下のまま天下を握ることを考えるのではないでしょうか」
「そんなことができるでしょうか?」
「摂関家はすでにそれをやっています」
「では、摂関になろうというのでしょうか?」
「いや、やり方はいろいろとあるのではないでしょうか」
「どのような?」
「それは、わかりませんが、摂関家を利用することだけは、間違いありません」
「摂関家を利用?」
「摂津はもう始めています」
「どのように?」
「それを今調べているのです」
僧都はもう笑っていなかった。
右大将を囲むようにして前後左右を進む馬は、どれも立派なものだった。馬を操る武士たちは皆体格がよく、敏捷であった。真面目で勤勉だった。
地方の武士たちは、こんなにも働き者なのか? なにか話しかけても、きちんと対応してくれるし、細かく気を配ってもくれる。下手な貴族よりも、余程役に立つ。最近の若い貴族は、ふがいない者が多い。怠け者でなにもせず、それでいて、威張りくさっている者が、増えてきた。あまり勉強もせず、酒を飲んだり、女を追いかけたり、そういう輩が、名門の家にだって、相当にいる。このままでは、そのうちに、こういうしっかりした地方の武士たちに、追い抜かれてしまうだろう。
右大将は、そんなことも僧都に言ってみた。僧都はやはり笑っている。
「武士たちは、どこの国でもよく働きますよ。勉強だってしていますよ。都の若公達より漢文ができるかもしれませんな」
「このままでは、天下は早かれ遅かれ武士に取られてしまうのではないでしょうか?」
「どうでしょうな。取ろうと思えば、いつだって取れるのは確かです。しかし、だれかがそれをやろうとすると、武士同士の争いが始まり、いったんそうなったら、収拾がつかないでしょう。武士たちは、天皇や貴族を祭り上げておいて、その下に付いて、地方の実権を握るのが、いちばんだと思っているようですよ」
「将門は天下を取ろうとしたではありませんか。また、そういう者が出て来るのではないですか?」
「将門は早まりましたな。しかも、やり方がまずかった。東国を独立させて、そこの天皇になろうとしましたな」
「除目までしましたね」
「そうです。あれを朝廷が追討できなかったら、今ごろどうなっていたでしょうな。日本が東西に別れ、それぞれの天皇が大臣、納言、国司を任命していたのでしょうかね?」
「想像もつきません。東国は外国になるところだったわけですね」
「強い外国ですよ。こちらは歯が立たないでしょう」
「将門を追討し、日本が一つにまとまっていてよかったですね」
「ほんとうです」
「でも、東国はまた天下を取ろうとするのではないでしょうか?」
「今度は将門のようなやり方はしないでしょう」
「天皇にはならないということですか?」
「はい。臣下のまま天下を握ることを考えるのではないでしょうか」
「そんなことができるでしょうか?」
「摂関家はすでにそれをやっています」
「では、摂関になろうというのでしょうか?」
「いや、やり方はいろいろとあるのではないでしょうか」
「どのような?」
「それは、わかりませんが、摂関家を利用することだけは、間違いありません」
「摂関家を利用?」
「摂津はもう始めています」
「どのように?」
「それを今調べているのです」
僧都はもう笑っていなかった。