按察

45
世界は気付いたときには、すっかり変わってしまっているのである。昔のあの美しい景色がどこからか舞い戻ってきたようである。気高く神々しいあの方やこの方が、自分を祝福しているような気さえする。
右大将は馬を急がせた。急ぐ必要はなかったが、気持ちが高ぶり、急がせずにはいられないのだった。
つい数日前、従兄から右大将を奪い取ったときには、誇らしくもあったが、恐くもあった。自分にはこれといって強力な勢力がないから、従兄がなんらかの手段を使って攻めてくるのではないかと思っていたのだ。自分にはそのことを予測して、しかるべき対策を立てる手段がなかったから、もしそうなったら、どうすればいいのだろうと思っていたのだ。
それから家庭内の問題にも悩んでいた。近江のことをだれよりも大切に思い、北の方にするつもりだったが、やはり心のどこかでは、それでほんとうにいいのだろうかと思わなくはなかったのである。
これらの二つの問題は自分がどうあがいても、どうなるものでもないことだった。ところが、僧都がすべてきれいに解決してくれた。あの従兄の周りには、人を呑み込む渦が取り巻いているような気がすると思っていたが、それがなにか、どうしてもわからなかった。自分は手をこまねいて見ていただけではない。それなりに使える人間もいる。その者たちに命じて、調べさせてもみたのである。しかし、どうにもわからなかった。それが、僧都の話で、いっぺんに解決してしまった。従兄の周りに取り巻いているものを教えてくれただけではない。従兄の周りに取り巻いている強大な勢力と対抗しうる強大な勢力を持っていて、それを自分に与えてくれたのだ。私は私一人ではなかったのである。現在の我が国を二分する勢力の一つを有する伯父がずっと付いていてくれたのである。伯父がいたから、従兄は私になにもできなかったのである。伯父がいたから、従兄を取り巻いている摂津派は、私になにもできなかったのである。伯父は私の姉をもずっと守ってきた。私の敬愛する大納言をも守ってきた。大納言が大切にしていた二宮をも守ってきた。大納言は無念にも亡くなられた。二宮も無念にも亡くなられた。しかし、大納言は二宮の娘たちを伯父に託した。娘たちを皇后や関白の北の方にするようにとお命じになった。大君(おおいきみ)はすでに嫁がれていた。中の君は、中の君は、……、私のところへ……。つまり、私は、関白にならなければならない。そして、中の君は、関白の北の方にならなければならない。伯父は、ずっと以前から、こういうことを実現させようと、計画してきたのである。私が宮中で従兄の右大将を譲り受けることになったのも、伯父が関与していたのである。伯父は中の君を私に嫁がせ、近江の代わりに北の方にしようと計画していたのである。そういうことを初めから私に言えば、私が反発するから、私を明石に連れ出したのである。中の君に琴を弾かせて、私が興味を持つようにしたのである。私が昨晩中の君の部屋に行き、そのまま中の君と過ごしたことも、伯父の望んでいたことなのである。すべて伯父の計画どおりに進んでいるのであるが、そのどれもが私を幸福にさせることなので、伯父を恨むどころか、伯父に感謝せずにはいられなくなっているのである。このところの悩みがすべて解決しただけでなく、多大な幸福をももたらしてくれたのだから。特に姉にそっくりな中の君をもたらしてくれたことは、なによりの喜びである。
馬上で右大将はこのように僧都に感謝の気持ちを伝えた。言葉にできることもあれば、言葉にはしにくいこともあったが、できる範囲で言葉にして伝えたのである。僧都が右大将に言ったのは、一言だけであった。
「これからがほんとうに大事なのです」
右大将もそれはそうだと思った。そして、これから一生懸命やっていこうと思った。思っただけでなく、僧都に言った。
「こうなることをあなたの姉上はお望みではなかった。私もためらっていました。しかし、あなたはそういった道に進んで行かれようとしておられます。あなたの父や大納言様のようになるかもしれませんぞ」
「覚悟はできています」
右大将は馬を急がせた。急ぐ必要はなかったが、気持ちが高ぶり、急がせずにはいられないのだった。
つい数日前、従兄から右大将を奪い取ったときには、誇らしくもあったが、恐くもあった。自分にはこれといって強力な勢力がないから、従兄がなんらかの手段を使って攻めてくるのではないかと思っていたのだ。自分にはそのことを予測して、しかるべき対策を立てる手段がなかったから、もしそうなったら、どうすればいいのだろうと思っていたのだ。
それから家庭内の問題にも悩んでいた。近江のことをだれよりも大切に思い、北の方にするつもりだったが、やはり心のどこかでは、それでほんとうにいいのだろうかと思わなくはなかったのである。
これらの二つの問題は自分がどうあがいても、どうなるものでもないことだった。ところが、僧都がすべてきれいに解決してくれた。あの従兄の周りには、人を呑み込む渦が取り巻いているような気がすると思っていたが、それがなにか、どうしてもわからなかった。自分は手をこまねいて見ていただけではない。それなりに使える人間もいる。その者たちに命じて、調べさせてもみたのである。しかし、どうにもわからなかった。それが、僧都の話で、いっぺんに解決してしまった。従兄の周りに取り巻いているものを教えてくれただけではない。従兄の周りに取り巻いている強大な勢力と対抗しうる強大な勢力を持っていて、それを自分に与えてくれたのだ。私は私一人ではなかったのである。現在の我が国を二分する勢力の一つを有する伯父がずっと付いていてくれたのである。伯父がいたから、従兄は私になにもできなかったのである。伯父がいたから、従兄を取り巻いている摂津派は、私になにもできなかったのである。伯父は私の姉をもずっと守ってきた。私の敬愛する大納言をも守ってきた。大納言が大切にしていた二宮をも守ってきた。大納言は無念にも亡くなられた。二宮も無念にも亡くなられた。しかし、大納言は二宮の娘たちを伯父に託した。娘たちを皇后や関白の北の方にするようにとお命じになった。大君(おおいきみ)はすでに嫁がれていた。中の君は、中の君は、……、私のところへ……。つまり、私は、関白にならなければならない。そして、中の君は、関白の北の方にならなければならない。伯父は、ずっと以前から、こういうことを実現させようと、計画してきたのである。私が宮中で従兄の右大将を譲り受けることになったのも、伯父が関与していたのである。伯父は中の君を私に嫁がせ、近江の代わりに北の方にしようと計画していたのである。そういうことを初めから私に言えば、私が反発するから、私を明石に連れ出したのである。中の君に琴を弾かせて、私が興味を持つようにしたのである。私が昨晩中の君の部屋に行き、そのまま中の君と過ごしたことも、伯父の望んでいたことなのである。すべて伯父の計画どおりに進んでいるのであるが、そのどれもが私を幸福にさせることなので、伯父を恨むどころか、伯父に感謝せずにはいられなくなっているのである。このところの悩みがすべて解決しただけでなく、多大な幸福をももたらしてくれたのだから。特に姉にそっくりな中の君をもたらしてくれたことは、なによりの喜びである。
馬上で右大将はこのように僧都に感謝の気持ちを伝えた。言葉にできることもあれば、言葉にはしにくいこともあったが、できる範囲で言葉にして伝えたのである。僧都が右大将に言ったのは、一言だけであった。
「これからがほんとうに大事なのです」
右大将もそれはそうだと思った。そして、これから一生懸命やっていこうと思った。思っただけでなく、僧都に言った。
「こうなることをあなたの姉上はお望みではなかった。私もためらっていました。しかし、あなたはそういった道に進んで行かれようとしておられます。あなたの父や大納言様のようになるかもしれませんぞ」
「覚悟はできています」