按察

46
よく手入れされた庭は見ていて気持ちがよかった。木々は赤く色づき、風は冷たいが、気持ちよかった。
高く上がった鞠が葉を散らすたび、女房たちの歓声が上がった。貴公子たちの装束と赤く染まった葉と色鮮やかな鞠が目を喜ばせた。
右大将と大納言が抜きん出ていた。鞠を蹴誤ることがなかった。二人は容姿も美しかったから、女房たちの視線が集中していた。ほかの貴公子たちは、ぶざまに蹴誤ることが多く、まるで二人を引き立てるために参加しているようなものだった。
休憩になり、みなに菓子が振る舞われた。関白が席を立って、一人一人に声をかけた。右大将は驚いて立ち上がった。
「関白殿、お加減はよろしいのですか。無理にこのような催しをなされなくてもよろしいのに」
関白は青い顔をしていたが、右大将に笑顔を見せた。
「なに、毎年恒例の我が家の紅葉狩りと蹴鞠を、私のせいで開催できなかったら、女房たちに恨まれますからな。みんな、あなたたちを見るのが目の保養になっておるのですから」
「そんな、私たちでしたら、いつでもこちらにおうかがいいたしますのに」
大納言も関白の体を案じていた。
「それに、私も今日蹴鞠を見ておかなかったら、もう見られないかもしれないし」
関白の体がふらついたので、右大将と大納言は両側を支えて、部屋に連れて行った。
「そんな弱気なこと、おっしゃらないでくださいよ」
「そうですよ。関白殿にはまだまだ働いてもらわなければならないのですから」
「もう、この人たちは、私を殺さずにいつまでもこき使うつもりだな」
「ばれましたか」
大納言は寝具に関白を横たえた。
右大将は戸を閉めて大納言の横に座った。
「戸の近くにだれもいませんね?」
関白が小さな声を出した。
大納言が戸を開けて、廊を見て、また戸を閉めた。
「大丈夫です。だれもいません」
大納言も小さな声を出した。
「三の宮が即位なさったら、だれが皇太子になるのがよいでしょう」
「四の宮がよろしいと思います」
右大将が言うと、大納言は右大将の目を見た。
「よろしいのですか。宣耀殿女御様の皇子がよろしいのではないですか」
右大将の声が暗くなった。
「いや、親王は帝に似ていらっしゃる」
帝は子どものころから変わったところがあった。時鳥の鳴き真似をしているのを見かけた故大納言が、非常に嘆いていたこともあった。その性癖は年を取るごとにひどくなってきた。以前から退位させた方がいいという話は何度も出たが、そのたびに前右大将が反対し、実現しなかった。前右大将が関白に右大将の位を取りあげられ、播磨派が摂津派を圧倒している今が絶好の機会だった。その準備は関白、大納言、現右大将によって、着々と進められている。
「どういうことですか。大人しく利発な青年ではないですか」
大納言は外の気配を気にした。簀の子あたりでは、まだ貴公子たちが女房たちと騒いでいる。まだしばらくは大丈夫そうだった。
「人とうまくお付き合いなさることが苦手のようなのです。妙な絵ばかり描いています」
「そんなこと、なんの心配もいりませんよ。私だって、紅顔の美少年のころは、毎日絵ばかり描いていましたからね」
関白が言うと、大納言は笑った。
「紅顔の美少年とご自分でおっしゃったら、おかしいではありませんか」
「自分で言わなかったら、だれも言ってくれないからな」
二人が軽口を飛ばしている横で、右大将は思案していた。
「それほど心配ですか」
大納言はまた外をうかがった。前よりも静かになっている。
「なんとかなるでしょう」
右大将は明るい表情を取り戻した。
高く上がった鞠が葉を散らすたび、女房たちの歓声が上がった。貴公子たちの装束と赤く染まった葉と色鮮やかな鞠が目を喜ばせた。
右大将と大納言が抜きん出ていた。鞠を蹴誤ることがなかった。二人は容姿も美しかったから、女房たちの視線が集中していた。ほかの貴公子たちは、ぶざまに蹴誤ることが多く、まるで二人を引き立てるために参加しているようなものだった。
休憩になり、みなに菓子が振る舞われた。関白が席を立って、一人一人に声をかけた。右大将は驚いて立ち上がった。
「関白殿、お加減はよろしいのですか。無理にこのような催しをなされなくてもよろしいのに」
関白は青い顔をしていたが、右大将に笑顔を見せた。
「なに、毎年恒例の我が家の紅葉狩りと蹴鞠を、私のせいで開催できなかったら、女房たちに恨まれますからな。みんな、あなたたちを見るのが目の保養になっておるのですから」
「そんな、私たちでしたら、いつでもこちらにおうかがいいたしますのに」
大納言も関白の体を案じていた。
「それに、私も今日蹴鞠を見ておかなかったら、もう見られないかもしれないし」
関白の体がふらついたので、右大将と大納言は両側を支えて、部屋に連れて行った。
「そんな弱気なこと、おっしゃらないでくださいよ」
「そうですよ。関白殿にはまだまだ働いてもらわなければならないのですから」
「もう、この人たちは、私を殺さずにいつまでもこき使うつもりだな」
「ばれましたか」
大納言は寝具に関白を横たえた。
右大将は戸を閉めて大納言の横に座った。
「戸の近くにだれもいませんね?」
関白が小さな声を出した。
大納言が戸を開けて、廊を見て、また戸を閉めた。
「大丈夫です。だれもいません」
大納言も小さな声を出した。
「三の宮が即位なさったら、だれが皇太子になるのがよいでしょう」
「四の宮がよろしいと思います」
右大将が言うと、大納言は右大将の目を見た。
「よろしいのですか。宣耀殿女御様の皇子がよろしいのではないですか」
右大将の声が暗くなった。
「いや、親王は帝に似ていらっしゃる」
帝は子どものころから変わったところがあった。時鳥の鳴き真似をしているのを見かけた故大納言が、非常に嘆いていたこともあった。その性癖は年を取るごとにひどくなってきた。以前から退位させた方がいいという話は何度も出たが、そのたびに前右大将が反対し、実現しなかった。前右大将が関白に右大将の位を取りあげられ、播磨派が摂津派を圧倒している今が絶好の機会だった。その準備は関白、大納言、現右大将によって、着々と進められている。
「どういうことですか。大人しく利発な青年ではないですか」
大納言は外の気配を気にした。簀の子あたりでは、まだ貴公子たちが女房たちと騒いでいる。まだしばらくは大丈夫そうだった。
「人とうまくお付き合いなさることが苦手のようなのです。妙な絵ばかり描いています」
「そんなこと、なんの心配もいりませんよ。私だって、紅顔の美少年のころは、毎日絵ばかり描いていましたからね」
関白が言うと、大納言は笑った。
「紅顔の美少年とご自分でおっしゃったら、おかしいではありませんか」
「自分で言わなかったら、だれも言ってくれないからな」
二人が軽口を飛ばしている横で、右大将は思案していた。
「それほど心配ですか」
大納言はまた外をうかがった。前よりも静かになっている。
「なんとかなるでしょう」
右大将は明るい表情を取り戻した。