按察

47
よく手入れされた庭を見ながら、貴公子たちは女房たちと菓子を食べていた。赤い葉のような菓子が赤く色づいた葉の上に盛られていて、間違えて葉をつまんだ女房を貴公子がからかった。
「そろそろ後半戦を始めようよ」
「それでは、私がお二人を呼んできます」
気のきく女房が立ち上がると、軽い音を立てて廊の奥に向かった。
関白の部屋の中では、まだ三人が秘密の話をしていた。
「では、帝は斎宮女御様に仕えている女房のせいで」
右大将が途中まで言うと、大納言が制した。
「そろそろお呼びがかかりますよ、ほら」
廊をこちらへ近づく軽い音がした。
「失礼いたします」
関白に代わって大納言が返事をした。
「どうぞ」
静かに戸が開き、頭を下げている女房の姿があった。
「いかがしましたか」
大納言が促すと、女房は顔を上げた。奥に関白、手前に大納言と右大将がゆったりと座っている。女房は時勢が移ってゆくのを感じた。ついこの間まではこの二人を見ても、将来有望な人の一人ぐらいにしか思わなかった。しかし、今は違う。前右大将は失脚した。関白は相当危ないとだれもが言っていたが、不思議なことにあの除目の日以来、病状が回復しつつある。もちろんかなりよくないのは確かだが、今日か明日かという感じはあまりしなくなった。前右大将が降格したあと、この世は関白のものという雰囲気がだいぶ出てきた。それまではどういうわけかまだ若くてしかも位もそこまで高くはない前右大将にはだれも逆らえないという空気があった。関白も前右大将の言うことは、唯々諾々と従っていたような気がする。それがだれも前右大将のことは顧みなくなった。現右大将や大納言の方が、完全に影響力が強くなった。それまでは関白の家は少し寂しくなっていた。現右大将や大納言の家も訪れる者が減ってきていた。貴族たちはみな前右大将のところへ集まったものだ。ところが、それは逆転した。関白と現右大将と大納言のところは、非常に賑わっている。貴族たちはめっきり前右大将のところへは集まらなくなった。
女房は一瞬のうちにそういうことを思ったが、しかし彼女にはそれがどうしてなのかはわからなかった。わからなかったが、彼女は自分がどうすべきかはよく知っていた。彼女はいずれ大納言か右大将のどちらかの家に仕えたいと思っている。どちらがよいかを値踏みするように二人を見ていたのである。しかし、彼女は愛敬があり、男たちから気に入られる雰囲気を持っていたので、大納言も右大将も彼女がそんなことを考えているとは、まったく思いも寄らなかった。
女房に促され、二人は外へ出た。歓声が湧いた。二人はこの日のために磨いた技を競い合った。
蹴鞠が終わり、宴席となった。その前に貴公子たちは着替えをした。先ほど二人を呼びに来た女房がまっすぐ大納言の方へ寄った。中将の君といった。ところが大納言は急な用事のため席を外した。右大将のところへはまだ女房が付いていなかったので、中将の君はそのまま右大将の世話をした。着替えが終わり、飲み物を出しても、大納言は戻らなかった。最上の部屋で、香りがよかった。
「それではこれで失礼いたします」
「汗くさい男の着替えを手伝っていただき、本当にありがとうございました」
「そんなことございませんわ。右大将様はとてもよい香りがいたします。素敵なお香を焚きしめていらっしゃいますのね」
「いえいえ、あなたが焚きしめていらっしゃいますお香こそ、素敵でいらっしゃいます。先ほど呼びに来てくださったときから、そう思っておりました。今度よろしければ、我が家の女房たちに指南していただけないでしょうか」
「そんな、私の方こそ、優美な右大将様のご指南を賜りたいですわ」
中将の君は有望と判断した大納言と話す機会は得られなかったが、これも悪くない成り行きだと満足した。
「そろそろ後半戦を始めようよ」
「それでは、私がお二人を呼んできます」
気のきく女房が立ち上がると、軽い音を立てて廊の奥に向かった。
関白の部屋の中では、まだ三人が秘密の話をしていた。
「では、帝は斎宮女御様に仕えている女房のせいで」
右大将が途中まで言うと、大納言が制した。
「そろそろお呼びがかかりますよ、ほら」
廊をこちらへ近づく軽い音がした。
「失礼いたします」
関白に代わって大納言が返事をした。
「どうぞ」
静かに戸が開き、頭を下げている女房の姿があった。
「いかがしましたか」
大納言が促すと、女房は顔を上げた。奥に関白、手前に大納言と右大将がゆったりと座っている。女房は時勢が移ってゆくのを感じた。ついこの間まではこの二人を見ても、将来有望な人の一人ぐらいにしか思わなかった。しかし、今は違う。前右大将は失脚した。関白は相当危ないとだれもが言っていたが、不思議なことにあの除目の日以来、病状が回復しつつある。もちろんかなりよくないのは確かだが、今日か明日かという感じはあまりしなくなった。前右大将が降格したあと、この世は関白のものという雰囲気がだいぶ出てきた。それまではどういうわけかまだ若くてしかも位もそこまで高くはない前右大将にはだれも逆らえないという空気があった。関白も前右大将の言うことは、唯々諾々と従っていたような気がする。それがだれも前右大将のことは顧みなくなった。現右大将や大納言の方が、完全に影響力が強くなった。それまでは関白の家は少し寂しくなっていた。現右大将や大納言の家も訪れる者が減ってきていた。貴族たちはみな前右大将のところへ集まったものだ。ところが、それは逆転した。関白と現右大将と大納言のところは、非常に賑わっている。貴族たちはめっきり前右大将のところへは集まらなくなった。
女房は一瞬のうちにそういうことを思ったが、しかし彼女にはそれがどうしてなのかはわからなかった。わからなかったが、彼女は自分がどうすべきかはよく知っていた。彼女はいずれ大納言か右大将のどちらかの家に仕えたいと思っている。どちらがよいかを値踏みするように二人を見ていたのである。しかし、彼女は愛敬があり、男たちから気に入られる雰囲気を持っていたので、大納言も右大将も彼女がそんなことを考えているとは、まったく思いも寄らなかった。
女房に促され、二人は外へ出た。歓声が湧いた。二人はこの日のために磨いた技を競い合った。
蹴鞠が終わり、宴席となった。その前に貴公子たちは着替えをした。先ほど二人を呼びに来た女房がまっすぐ大納言の方へ寄った。中将の君といった。ところが大納言は急な用事のため席を外した。右大将のところへはまだ女房が付いていなかったので、中将の君はそのまま右大将の世話をした。着替えが終わり、飲み物を出しても、大納言は戻らなかった。最上の部屋で、香りがよかった。
「それではこれで失礼いたします」
「汗くさい男の着替えを手伝っていただき、本当にありがとうございました」
「そんなことございませんわ。右大将様はとてもよい香りがいたします。素敵なお香を焚きしめていらっしゃいますのね」
「いえいえ、あなたが焚きしめていらっしゃいますお香こそ、素敵でいらっしゃいます。先ほど呼びに来てくださったときから、そう思っておりました。今度よろしければ、我が家の女房たちに指南していただけないでしょうか」
「そんな、私の方こそ、優美な右大将様のご指南を賜りたいですわ」
中将の君は有望と判断した大納言と話す機会は得られなかったが、これも悪くない成り行きだと満足した。