按察

56
日が陰り、風に桜の花びらが運ばれてきた。
「寒くなってきましたね」
源氏が言うと、寄人は火を強くした。春とはいっても、まだ寒さが残っていた。
「ほんとうに、あと十日か二十日は、寒い日もありそうですね」
源氏は、寄人が寄せてくれた火鉢に手をかざした。
「なにか、温かいものでもお持ちしましょう」
「それは、ありがたい」
水海が膳と飲み物を運んできた。
「そういえば、夕美姫様が琴を習いたいとか」
「そうなんですよ。少将様がもしもおいやでなかったら」
寄人は酒を注ぎながら、娘の話をした。
「少将様がお弾きになる琴の音を覚えておりまして、よく口ずさんでおります」
「そうですか。先ほど水海からもうかがいましたが、私などのような下手な者でもかまわないのでしたら、いっしょに演奏いたしましょう」
「ありがとうございます」
水海が顔を近づけた。
「では、少将様、もしよろしければ、さっそく今からでもお願いいたします」
「これは、また、お早いことですね」
「ええ、姫君が先ほどから、少将様はまだか、まだかと言って、ぐずっていらっしゃるのです」
「あ、そうでしたか、それでは、早速お部屋に行かねばなりませんね」
源氏は立ち上がった。
「申し訳ございません」
寄人は深々と頭を下げた。
源氏は、また腰を下ろすと、水海にすぐ行くから待ってくれと伝え、部屋から出した。
「先ほどの話ですが、実は、私はかねてから考えておりました」
寄人は、源氏の目を見た。
「それは、いったい、どのような」
「播磨派と手を結ぶというのは、やはり得策ではありませんでしょうか」
源氏も、寄人の本心を窺うように、じっと目を見た。
寄人は、即座に返事をした。
「実は、私も少将様に、そのことをご提案いたそうとしておりました。しかし、あまりにも急な話ですので、ためらっておりました」
「そうですか。あなたもそう考えていらっしゃいましたか」
「はい。僧都は、摂津派の陰謀によって、政権を追われた方です。それがなければ、今頃、少将様が即位して、僧都は右大臣にでもなっていらっしゃったでしょう」
源氏は無言でうなずいた。
「僧都は、無実の罪で処罰されるところでした。帝を廃し、少将様を帝位に付けようと企んだという讒言がありました」
「今の、関白と左大臣が企んだんだ」
「と申しますより、摂津派の企みに、関白様と左大臣様が乗せられたと申した方が、正確でございます」
「切れ者の権中納言が罪を着せられ、政界から追われ、こう言ってはなんだが、割と普通の人たちが権力の中枢に集まったな」
「それが摂津の狙いです。恐れ多いことですが、帝と関白、左大臣と、意のままにできれば、やりやすいということなのでしょう」
「たしかに、私や僧都では、扱いにくかろう」
「しかし、この国のためには、少将様や僧都が、政治を行うべきでございます」
「よし、播磨派と手を結ぼう。摂津が最近とみに勢力を拡大しているといっても、近江派と播磨派の統一には、どうしようもないだろう」
「そこに、私の考えがございます」
「なんですか」
「我々が手を結んでいることは、極秘にして、我々がそれぞれ独自に動いているように見せかけた方が、効果的だと思われませんか」
源氏は寄人の目を見た。寄人は笑っていた。
「陽動作戦が自在にできるな」
「見た目は弱そうな方がよいのです」
「寒くなってきましたね」
源氏が言うと、寄人は火を強くした。春とはいっても、まだ寒さが残っていた。
「ほんとうに、あと十日か二十日は、寒い日もありそうですね」
源氏は、寄人が寄せてくれた火鉢に手をかざした。
「なにか、温かいものでもお持ちしましょう」
「それは、ありがたい」
水海が膳と飲み物を運んできた。
「そういえば、夕美姫様が琴を習いたいとか」
「そうなんですよ。少将様がもしもおいやでなかったら」
寄人は酒を注ぎながら、娘の話をした。
「少将様がお弾きになる琴の音を覚えておりまして、よく口ずさんでおります」
「そうですか。先ほど水海からもうかがいましたが、私などのような下手な者でもかまわないのでしたら、いっしょに演奏いたしましょう」
「ありがとうございます」
水海が顔を近づけた。
「では、少将様、もしよろしければ、さっそく今からでもお願いいたします」
「これは、また、お早いことですね」
「ええ、姫君が先ほどから、少将様はまだか、まだかと言って、ぐずっていらっしゃるのです」
「あ、そうでしたか、それでは、早速お部屋に行かねばなりませんね」
源氏は立ち上がった。
「申し訳ございません」
寄人は深々と頭を下げた。
源氏は、また腰を下ろすと、水海にすぐ行くから待ってくれと伝え、部屋から出した。
「先ほどの話ですが、実は、私はかねてから考えておりました」
寄人は、源氏の目を見た。
「それは、いったい、どのような」
「播磨派と手を結ぶというのは、やはり得策ではありませんでしょうか」
源氏も、寄人の本心を窺うように、じっと目を見た。
寄人は、即座に返事をした。
「実は、私も少将様に、そのことをご提案いたそうとしておりました。しかし、あまりにも急な話ですので、ためらっておりました」
「そうですか。あなたもそう考えていらっしゃいましたか」
「はい。僧都は、摂津派の陰謀によって、政権を追われた方です。それがなければ、今頃、少将様が即位して、僧都は右大臣にでもなっていらっしゃったでしょう」
源氏は無言でうなずいた。
「僧都は、無実の罪で処罰されるところでした。帝を廃し、少将様を帝位に付けようと企んだという讒言がありました」
「今の、関白と左大臣が企んだんだ」
「と申しますより、摂津派の企みに、関白様と左大臣様が乗せられたと申した方が、正確でございます」
「切れ者の権中納言が罪を着せられ、政界から追われ、こう言ってはなんだが、割と普通の人たちが権力の中枢に集まったな」
「それが摂津の狙いです。恐れ多いことですが、帝と関白、左大臣と、意のままにできれば、やりやすいということなのでしょう」
「たしかに、私や僧都では、扱いにくかろう」
「しかし、この国のためには、少将様や僧都が、政治を行うべきでございます」
「よし、播磨派と手を結ぼう。摂津が最近とみに勢力を拡大しているといっても、近江派と播磨派の統一には、どうしようもないだろう」
「そこに、私の考えがございます」
「なんですか」
「我々が手を結んでいることは、極秘にして、我々がそれぞれ独自に動いているように見せかけた方が、効果的だと思われませんか」
源氏は寄人の目を見た。寄人は笑っていた。
「陽動作戦が自在にできるな」
「見た目は弱そうな方がよいのです」