按察

62
外がしだいに白んできたが、二人は話に夢中だった。
「では、播磨派のお寺に、私はお仕えすればよろしいのですね」
「尼寺もありますので、そちらがよろしいと思います。そこは一時的な滞在になるでしょう。その後、京にある私の屋敷に移ってほしいのです」
「少将様のお屋敷に?」
「おいやですか?」
「とんでもございません。うれしいです」
水海は、体を寄せた。
「私が多くの邸宅に忍び込ませている人々と連絡を取り、こちらが考えていることを行動に移してほしいのです。あなたが、そのための中継地点になるのです」
「そんな難しいことができるかしら?」
「あなたならできます」
「少将様が、そのようにおっしゃってくださるのでしたら、私は精一杯期待に沿うよう頑張ります」
「お願いします」
「私の考えに沿ったことを、だれかが実行します。しかし、それが私と関係があるようだと思われないようにしたいのです」
「もちろんです」
「あなたとの関係も知られてはなりません」
「もちろんです」
「大丈夫ですか?」
「私には、信頼できる人が何人かおります。決して私にも、少将様にも、たどり着くことはできないはずです」
源氏はしばらく黙っていた。
水海は源氏の横顔が灯に照らされるのを見た。恐い顔をしている。
「私のことがあてにならないと思っていらっしゃるのですね」
源氏は水海の方を向いた。
「いえ、そうではありません。しかし、あなたにたどり着かないようにするのは、難しいことです」
「私を信用してください。わたしのためだったら、命を捧げてもよいと言う人がおります。昔、私が彼女を救ったのです」
「どのように?」
「彼女の家は、元は由緒正しい家柄なのでしたが、祖父の代に没落し、父が早く亡くなりました」
「よくある話です。私もいつかそうなるかもしれません」
「そんな縁起でもないこと。それで、彼女の父は生前派手に暮らしていましたが、それは方々からお金を借りていたからできたことでした。父親が亡くなって、初めて家族はそのことを知ったのです。残された家族は悲惨でした。債権者の取り立ては厳しく、彼女たちを援助してくれる者は皆無でした。彼女は、山崎で遊女をすることを決意しました。私は、彼女が薬草の知識に詳しいことを知っていました。薬草の知識は、病気を治すことにも、そのほかいろいろなことにも役立ちます。私は父を説得して、彼女を引き取ることにしました。債権者たちには、私の父が返済しました。田舎者ではありますが、私の父は、ありがたいことに人々から信望を得まして、多少の金銭でしたら融通することができます。彼女は私の家に来て、取り次ぎの者に泣きながら礼を述べたそうです。一度はなくなったも同然のこの命を、万が一私たちが苦境に陥ったときには、どのように使ってもらってかまわないと申します。私どもは、そんなふうに彼女の命を扱おうなど、少しも考えておりませんが、少将様のためでしたら、彼女にも働いてもらうつもりです。けれども、私ができる限りの手をあれこれ尽くしても、少将様との関係が人に知られそうになったならば、私は命を絶ちます」
源氏は真剣なまなざしで水海の目を見つめた。
「やめよう。やはり、やめよう。あなたに危険なことをさせるわけにはいかない」
水海は、源氏の肩を両手で強くつかんだ。
「いいんです。少将様、いいんです。その代わり」
「その代わり?」
「近江京を再興するというお約束は、必ず果たしてください」
「もちろんです」
「それさえ約束していただければ、私は必ずあなた様のために生きます」
源氏の体は、寒くないのに震えた。
「では、播磨派のお寺に、私はお仕えすればよろしいのですね」
「尼寺もありますので、そちらがよろしいと思います。そこは一時的な滞在になるでしょう。その後、京にある私の屋敷に移ってほしいのです」
「少将様のお屋敷に?」
「おいやですか?」
「とんでもございません。うれしいです」
水海は、体を寄せた。
「私が多くの邸宅に忍び込ませている人々と連絡を取り、こちらが考えていることを行動に移してほしいのです。あなたが、そのための中継地点になるのです」
「そんな難しいことができるかしら?」
「あなたならできます」
「少将様が、そのようにおっしゃってくださるのでしたら、私は精一杯期待に沿うよう頑張ります」
「お願いします」
「私の考えに沿ったことを、だれかが実行します。しかし、それが私と関係があるようだと思われないようにしたいのです」
「もちろんです」
「あなたとの関係も知られてはなりません」
「もちろんです」
「大丈夫ですか?」
「私には、信頼できる人が何人かおります。決して私にも、少将様にも、たどり着くことはできないはずです」
源氏はしばらく黙っていた。
水海は源氏の横顔が灯に照らされるのを見た。恐い顔をしている。
「私のことがあてにならないと思っていらっしゃるのですね」
源氏は水海の方を向いた。
「いえ、そうではありません。しかし、あなたにたどり着かないようにするのは、難しいことです」
「私を信用してください。わたしのためだったら、命を捧げてもよいと言う人がおります。昔、私が彼女を救ったのです」
「どのように?」
「彼女の家は、元は由緒正しい家柄なのでしたが、祖父の代に没落し、父が早く亡くなりました」
「よくある話です。私もいつかそうなるかもしれません」
「そんな縁起でもないこと。それで、彼女の父は生前派手に暮らしていましたが、それは方々からお金を借りていたからできたことでした。父親が亡くなって、初めて家族はそのことを知ったのです。残された家族は悲惨でした。債権者の取り立ては厳しく、彼女たちを援助してくれる者は皆無でした。彼女は、山崎で遊女をすることを決意しました。私は、彼女が薬草の知識に詳しいことを知っていました。薬草の知識は、病気を治すことにも、そのほかいろいろなことにも役立ちます。私は父を説得して、彼女を引き取ることにしました。債権者たちには、私の父が返済しました。田舎者ではありますが、私の父は、ありがたいことに人々から信望を得まして、多少の金銭でしたら融通することができます。彼女は私の家に来て、取り次ぎの者に泣きながら礼を述べたそうです。一度はなくなったも同然のこの命を、万が一私たちが苦境に陥ったときには、どのように使ってもらってかまわないと申します。私どもは、そんなふうに彼女の命を扱おうなど、少しも考えておりませんが、少将様のためでしたら、彼女にも働いてもらうつもりです。けれども、私ができる限りの手をあれこれ尽くしても、少将様との関係が人に知られそうになったならば、私は命を絶ちます」
源氏は真剣なまなざしで水海の目を見つめた。
「やめよう。やはり、やめよう。あなたに危険なことをさせるわけにはいかない」
水海は、源氏の肩を両手で強くつかんだ。
「いいんです。少将様、いいんです。その代わり」
「その代わり?」
「近江京を再興するというお約束は、必ず果たしてください」
「もちろんです」
「それさえ約束していただければ、私は必ずあなた様のために生きます」
源氏の体は、寒くないのに震えた。