按察

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 中の君が、萩を眺めながら可須水と話していると、少将が入ってきた。少将は、着る物にあまりこだわらない。女房たちが気を遣っているから、多少はよさそうな感じであるが、着る人が心を遣っていないから、なんとなく無骨な感じである。中の君はそれを目にすると、着こなしのよさが抜群だという頭弁のことを、どうしても思ってしまうのだった。しかし、中の君も、装飾品を重視する性格ではなかったから、こういうのも質実剛健で、かえって好ましいとも思った。そういう中の君自身は、着こなしが実に可憐な感じで、なにげないように着ている袿姿が、とても好ましかった。
 少将は、ついこの間までは、木いちご以外のだれにも、愛情を持つことはないと思っていたが、やはり、それなりに過ごす時間が経過してみると、いとしいという気持ちが出てくるのを、我ながら不思議なものだと思わずにはいられなかった。まして、中の君は、めったにないほどの器量であったから、なおさら少将のいとしさは募ってきているのであった。
 少将は、女房たちにそっけない態度を示していたので、女房たちもあまり少将には打ち解けなかったが、それは、少将があえてそのようにしているのであった。少将は、ほかの男性のように複数の妻を持つことは考えなかった。少将は、何事にも節度が大切だと思っているので、それを、女性関係にも適用しているのだった。以前は木いちごを妻のつもりで考えていたから、木いちごだけを大切に守っていた。しかし、中の君を妻としたからには、もう木いちごを自分の妻のようにみなすようなことがあってはならない。そして、その代わりに、中の君一人を格別に大切にする。少将は、本心からそのように思い、また、実行していた。女房たちにそっけない態度で接するのは、少しの情でも移ると、そこから小さなほころびができ、どうかすると大きな間違いにつながることがあるかもしれないと思うからだった。少将は、貴族たちで、そのような間違いを犯した者を、何人も知っているので、自分は決してそうなりたくないと思っている。しかし、そういう自分の倹約精神は、邸内を決して華やかなものにはしなかった。それなので、中の君が退屈しているのではないかと、少将は気になっていた。
「どうですか? 左大臣邸と比べると、我が家は殺風景なものでしょう」
「とんでもないですわ。こちらは、隅々まで清潔で、気持ちが安らぎます」
「出家遁世している者のわび住まいです」
 中の君は楽しそうに笑った。
「あら、少将様は、いつの間に出家なさったのですか」
「いえ、それは、まだですが、いつか出家しようと思っています」
「それはうらやましいことです。私もお供いたしますわ。いつごろにいたしますか」
「さあ、いつでしょう。しかし、できるだけ早い方がいいですね」
「ほんとうにそうですね。今日にでも僧都に来てもらいましょうか」
 少将は、ほんとうに今日にでも出家してしまいたかった。摂津派、近江派、播磨派の対立の中で、いつの間にか、危険な立場になっていた。前任の越前とも切り離すことができない関係があるのだが、この国も危険な状況になりつつあった。主要三派とは、また、別のまとまりを作り出そうと考えているのだ。しかも、若狭から圧迫を受けてもいる。
 家庭内にも気になることがあった。中の君と結婚し、木いちごと離れてみると、木いちごは、近江派の大納言が自分を監視するための、中枢であったのではないかという気がしてならない。それは自分の思い過ごしではないかとも思うが、女というものはわからない。危険は美しい女と一緒に近づいてくる。自分が女房たちとあまり親しくならないのは、そういうことも考えていたからだ。ただ、木いちごは、その例外だと思っていた。しかし、例外はないのかもしれない。少将は今、そんな気になっているのである。中の君についてきた可須水などは、最も危険に思える。近江派ではあるが、摂津派の左大臣から、なにか仕込まれているのではないか。
 少将が考えていると、従者が来た。
「越前から使者が参りました」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 按察
◆ 執筆年 2023年8月5日