All You Need Is Book(本こそすべて)

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『武器よさらば』ヘミングウェイ
ハードボイルドという文体の創始者と言われている。簡潔な文体で現実をスピーディーに描く。人情や感傷に動かされないでさめている。それがハードボイルドだ。彼の影響は大きい。砲弾に当たった主人公が冷めた頭で手術を受けるシーンや、捕縛された主人公が相手を殴り、銃弾をかわしながら川に飛び込みそのまま流されていくシーンなどの、行動中心にすばやく出来事が展開する見事な描写の仕方は、レイモンド・チャンドラーに引き継がれる。
この作品に描かれている、恋人を失った心の傷というテーマも、チャンドラーの『長いお別れ』に引き継がれる。どちらも戦地で恋人を失う。このテーマはチャンドラーを経て村上春樹の『ノルウェイの森』にも引き継がれる。ただ『ノルウェイの森』は戦地で恋人を失ったのではない。ヘミングウェイはフローベール、スタンダール等フランス文学に親しんだ。チャンドラーもフローベール、スタンダールに親しんだ。ヘミングウェイは『日はまた昇る』を執筆した時フィッツジェラルドから助言を受けた。村上はフィッツジェラルドの影響を受けている。これを機会に作家の系譜をたどってみてはいかが。
ヘミングウェイ作品の中では珍しく、実際に見ていないものを資料と想像で描いた部分が多い作品である。だが、モチーフは第一次世界大戦での作者自身の負傷と恋愛である。見所はなんといっても同じ軍の憲兵に疑われ、木ぎれにつかまって川を下り逃げていく場面の迫力ある描写だ。キャサリンと再会するが、また軍に居所をかぎつけられ、キャサリンとイタリア北部からスイスへと、雨中、手こぎボートを一晩中漕いで逃亡する場面もスリルに満ちている。
キャサリンと二人での逃避行は、ロマンスに満ちた夢のようなシーンの連続である。ここは、名言と美しい情景の宝庫である。
「狐みたいな尻尾があったら、面白いと思わないか?」「服を着るとき邪魔だと思うけど」「邪魔にならない服をつくるんだよ。じゃなかったら、どんな服を着ても後ろ指をさされない土地に住めばいい」
たわいない冗談だが、逃避行中の二人の不安がにじみ出ている。
「二人だけでしたことを、ほかの女の人たちとしないでね。わたしに言ってくれたことを、言ったりしないでね」
このセリフをいつどういう状況でキャサリンが言ったのか、あえて触れないことにしよう。ただ、ここまでたどり着いたとき、実に深い感銘が訪れるとだけ言っておこう。
「読むのが遅い」「なかなか話に入っていけない」という人へアドバイスしたい。速く読む必要は全くない。いや、ゆっくりこそ速く読むこつなのだ。ポール・オースターは次のように言っている。「書物はそれが書かれたときと同じ慎重さと冷静さとをもって読まれなければならない。彼は一挙に理解する。こつはゆっくり読むことなのだ、と。言葉に接するときのいつもの速さを捨てて、じっくり読み進めることなのだ。(『幽霊たち』)」(2010/12/6)
ハードボイルドという文体の創始者と言われている。簡潔な文体で現実をスピーディーに描く。人情や感傷に動かされないでさめている。それがハードボイルドだ。彼の影響は大きい。砲弾に当たった主人公が冷めた頭で手術を受けるシーンや、捕縛された主人公が相手を殴り、銃弾をかわしながら川に飛び込みそのまま流されていくシーンなどの、行動中心にすばやく出来事が展開する見事な描写の仕方は、レイモンド・チャンドラーに引き継がれる。
この作品に描かれている、恋人を失った心の傷というテーマも、チャンドラーの『長いお別れ』に引き継がれる。どちらも戦地で恋人を失う。このテーマはチャンドラーを経て村上春樹の『ノルウェイの森』にも引き継がれる。ただ『ノルウェイの森』は戦地で恋人を失ったのではない。ヘミングウェイはフローベール、スタンダール等フランス文学に親しんだ。チャンドラーもフローベール、スタンダールに親しんだ。ヘミングウェイは『日はまた昇る』を執筆した時フィッツジェラルドから助言を受けた。村上はフィッツジェラルドの影響を受けている。これを機会に作家の系譜をたどってみてはいかが。
ヘミングウェイ作品の中では珍しく、実際に見ていないものを資料と想像で描いた部分が多い作品である。だが、モチーフは第一次世界大戦での作者自身の負傷と恋愛である。見所はなんといっても同じ軍の憲兵に疑われ、木ぎれにつかまって川を下り逃げていく場面の迫力ある描写だ。キャサリンと再会するが、また軍に居所をかぎつけられ、キャサリンとイタリア北部からスイスへと、雨中、手こぎボートを一晩中漕いで逃亡する場面もスリルに満ちている。
キャサリンと二人での逃避行は、ロマンスに満ちた夢のようなシーンの連続である。ここは、名言と美しい情景の宝庫である。
「狐みたいな尻尾があったら、面白いと思わないか?」「服を着るとき邪魔だと思うけど」「邪魔にならない服をつくるんだよ。じゃなかったら、どんな服を着ても後ろ指をさされない土地に住めばいい」
たわいない冗談だが、逃避行中の二人の不安がにじみ出ている。
「二人だけでしたことを、ほかの女の人たちとしないでね。わたしに言ってくれたことを、言ったりしないでね」
このセリフをいつどういう状況でキャサリンが言ったのか、あえて触れないことにしよう。ただ、ここまでたどり着いたとき、実に深い感銘が訪れるとだけ言っておこう。
「読むのが遅い」「なかなか話に入っていけない」という人へアドバイスしたい。速く読む必要は全くない。いや、ゆっくりこそ速く読むこつなのだ。ポール・オースターは次のように言っている。「書物はそれが書かれたときと同じ慎重さと冷静さとをもって読まれなければならない。彼は一挙に理解する。こつはゆっくり読むことなのだ、と。言葉に接するときのいつもの速さを捨てて、じっくり読み進めることなのだ。(『幽霊たち』)」(2010/12/6)