All You Need Is Book(本こそすべて)

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  『ファウスト』ゲーテ

 ゲーテといえば思い出すのは、シューベルトのエピソードである。シューベルトは、ゲーテの有名な詩、『魔王』に感激し、それに曲をつけた。そのときシューベルトは、今でいえば高校生の年齢であっただろう。
 『魔王』に描かれる情景は、夜道を疾駆する一台の馬車である。乗っているのは父と子だ。家に急ぐ父と、辺りの暗い景色におびえる子ども。子どもの目には大きな木が魔王に見える。怖くて仕方がない子どもは、「魔王が襲ってくるよ」というが、父は、「あれは森の木だよ。家に帰ったら、お母さんが温かい食事を用意してくれるよ」と、子どもを安心させようとする。しかし、子どもの目は、辺りの景色に何度も魔王をとらえる。そのたびに、子どもは父に恐怖を訴えるが、父は同じようなことをいってなだめるしかできない。あと少しで家に到着というところで、子どもの様子が急変し、ついに帰らぬ人となる。魔王に命を奪われたのだ。
 シューベルトは高名な詩人ゲーテに自分の曲を聴いてもらったが、ゲーテは評価しなかった。シューベルトの死後、再びゲーテはこの曲を聴き、やっとその素晴らしさに気づいたという。
 高名で、あらゆる学問に精通している学者、ファウストのところへ、悪魔のメフィストフェレスが現れた。ファウストは研究一筋の人生を送り、すでに老齢にさしかかっていた。しかし、どれほどの名声を得ても、心が満たされることはなかった。メフィストが現れたのは、生きる喜びを存分に味わってこなかったことを悔い、憂鬱になっていた矢先だったのである。メフィストはそんなファウストの心の隙を突き、死後の魂を預けることを条件に、ファウストを若者に変え、この世の歓喜をすべて味わわせてあげようと持ちかける。ファウストは死後のことなどどうでもいいと割り切り、即座にメフィストと契約を交わしてしまった。
 メフィストは変幻自在で、ファウストを誘惑したり、騙したり、おだてたりして、相手の心のなかにいつのまにか入り込んでいる。我々も、知らず知らずのうちに、メフィストと話をしたり、メフィストにいわされたりしていることがあるようだ。メフィストに心を預けてしまうと、死後のことが心配である。ファウストのようにきっぱり割り切ってしまえばいいのだろうか。 
 この戯曲にはキリスト教が生活の中心だった民衆のありようが垣間(かいま)見えて興味深い。不義をした女性は下着姿で懺悔するとか、婚前に妊娠した女性の家には藁(わら)がまかれるとか、現代では考えられないほど縛られた生活だが、自由な現代がいいと手放しで言えないような気もする。
 グレーテルといえば、『グリム童話』が思い浮かぶが、ここでは、ファウストの恋人マルガレーテの愛称である。英語でエリザベスをベス、キャサリンをケイト、アレクサンドラをアリーなどと呼ぶのと同じだ。また、ドイツ語だとマルガレーテだが、英語ならマーガレット、イタリア語ならマルゲリータとなる。ちなみにピザのマルゲリータは、マルゲリータ王妃のためにつくられたもので、バジル、トマト、チーズの色が、イタリアの国旗を表している。(2011/06/15)
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 All You Need Is Book(本こそすべて)
◆ 執筆年 2010年10月15日~