安部礼二小説作品集

12

　　『ヴェニスの商人』シェイクスピア

　美しくて聡明なポーシャの活躍がいちばんの見所であろう。彼女はベニスの名門の娘。他国の王や有力者から求婚されるが、彼女は外見にとらわれず、心の正しい、信義を大切にする男性を求めていた。彼女の眼鏡にかなったのがバサーニオーだ。ところが、バサーニオーは彼女との結婚に備えて親友のアントーニオーに借金を申し出た。そこで、貿易商のアントーニオーは航海中の積み荷を抵当にベニスの商人シャイロックから借金をして、バサーニオーに渡したのである。アントーニオーに恨みを抱くシャイロックは、期限までに返済できなかった場合は、なんとアントーニオーの体を一ポンド切り取るという条件を証文に書かせる。
　ベニスの町に不穏なニュースが流れる。アントーニオーの船が一隻残らず遭難したというのだ。船の状況がわからないまま、シャイロックに返済しなければならない期日がやってくる。アントーニオーは法廷に連行され、シャイロックはナイフを用意する。夫の様子にただならぬものを感じたポーシャは、自分たちの幸福のために、夫の親友アントーニオーが窮地に陥ったことを知る。その途端、彼女は夫には内緒で行動を開始する。聡明なポーシャがどんな手段でアントーニオーを救うのか。完全に逃げ場のない状況から一気に形勢を逆転してしまうポーシャの機知の鮮やかさに読者は痛快を感じる。さわやかな喜劇を楽しみたかったらこれがいい。
　シェイクスピアは劇場の脚本家であった。人気者の彼の舞台は大盛況だったようだ。観客が笑い転げる姿が目に浮かぶ。たしかに人種に対する偏見や卑猥な言葉などが気になるが、現在の映画でもこの手のものはよく盛り込まれる。しかし我々もお芝居だからと割り切ってみている。おそらくシェークスピアも舞台を盛り上げるためそうしているのであって、深い意図はないのだろう。四百年後に文学として残るのは、純文学ではなくて映画の脚本かもしれない。（2011/10/14）