温泉街のエスカレーター
3
にぎやかなところを避けて歩き続けると、畑が広がっていた。旅館も近くなってきた。そのうちに畑も切れて、両側は茂みになった。その先は渓流に落ち込んでいた。渓流は低いところを流れていた。要するに私は断崖絶壁に立ち尽くしていた。向こう側に渡ればすぐ旅館なのだが、手近に橋がなかった。下流側に大きな橋があったが、そこにたどり着くまでにはさっきの温泉街を通らねばならなかった。上流側にはかすかに丸木橋のようなものが見えた。遠いのでよくわからないが、丸太が一本か二本渡してあるだけで、手すりのたぐいはなさそうだった。しかし、実際に行ってみなければどの程度の丸木橋かはわからない。私は藁にもすがる思いで、そちらに向かって、道なき道を踏み分けた。丸木橋が近づくにつれて、私の気持ちは暗くなった。古い橋の前まで来ると、いやな予感が的中したことを知った。丸太は一本だった。手すりのたぐいもない。せめて二本あってほしかった。しかも、細くて頼りなかった。地元の人たちが本当にこれを伝ってこの谷を往き来するのか疑問に思った。私はあきらめざるを得なかった。恥を忍んで繁華街の橋を渡ることにした。例の温泉街のにぎやかな通りの前で私は躊躇した。他にも道がないのだろうかと見回した。すると、好都合にも一本脇道があった。そこは人通りもほとんどなかった。しばらく行くと高校が見えてきた。いやな予感がした。またしても予感は的中であった。ちょうど学校が引けたところで、中から女子高生が一斉に出てきた。徒歩の者、自転車の者、その二者に別れていた。どうやら女子校のようだった。見つかったら騒がれるだろう。教員に連絡されるだろう。私は変質者として逮捕されるかもしれない。ところが、幸い学校のフェンス沿いが広い畑になっていた。私はそこを裸足で歩いて、かろうじて苦境を脱した。すると、すぐに川が見えてきた。さらに私にとって都合のいいことには、この辺は広い河原になっていて、向こう岸まで容易に渡ることができるのだった。うまい具合に川を渡り終えると、土手を登って私の宿泊している旅館にたどり着いた。玄関では着物姿の女将が笑顔で出迎えてくれた。
「お帰りなさいまし。露天風呂から歩いてお帰りだったんですね。お気の毒様でした。上りのエスカレーターが見つかりませんでしたか?」
「ええ。どこにあったんですか」
「エスカレーターで着いたところに階段がありましたでしょう?」
そういえば外へ出る前に階段を見かけ、降りようかどうか一瞬ためらったことを思い出した。
「ええ、ありました」
「お帰りなさいまし。露天風呂から歩いてお帰りだったんですね。お気の毒様でした。上りのエスカレーターが見つかりませんでしたか?」
「ええ。どこにあったんですか」
「エスカレーターで着いたところに階段がありましたでしょう?」
そういえば外へ出る前に階段を見かけ、降りようかどうか一瞬ためらったことを思い出した。
「ええ、ありました」
