うさぎの穴

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 謎は解けた。
 壁紙ははがれ、石膏ボードが露出していた。しかし、これはこのままでかまわないだろうと思った。これから壁紙の張替えをするのだ。業者に任せればいいのである。業者は石膏ボードがあることがわからないように、きれいに壁紙を貼るだろう。
 その時、ふと思った。せっかくここまでやったのだから、石膏ボードを取りだして、そこへできた空間を、この家が建てられる時の計画通り、ガレージと玄関の通り口にしたらいいのではないかと。
 ただ計画通りにここに通路を作らなかったのには何か理由があったのかもしれないということも考えた。実際に通り抜けてみたら、あまり意味のない通路であることがわかったので、取りやめになったということも考えられる。
 そこで、いったん石膏ボードを取りだして、そこにできた空間を通り抜けてみようと思った。幸い石膏ボードの四囲と壁の間の隙間は、それほど硬くないパテで埋められているだけであった。ナイフをゆっくり入れてみたら、ガレージ側の壁を突き抜け、そのまま動かすと、裂け目を広げていくことができた。石膏ボードの四囲を切り抜き終わった時、石膏ボードがガレージ側に傾き始めたので、私は右手にナイフを持ったまま、両手を伸ばして、石膏ボードの左右の端をつかんだ。その時に少し両足を前に踏み出したのだが、それがいけなかった。私はバランスを失い、両手を広げて石膏ボードをつかんだまま、ガレージ側に倒れ込んでしまった。
 扉にするはずの空間を埋める石膏ボードだから、私の背丈よりも高いものであるのだが、それだからこそ、私の体は石膏ボードと密着したまま、何にも邪魔されることなくガレージ側に倒れ込んでしまったのである。私が最初に考えたのは、車の後部で止まって、コンクリートの床に叩きつけられずにすむだろうということであった。車に多少の傷はつくかもしれないが、私の体に与えられる衝撃は比較的軽微であろう。
 ところが、石膏ボードは、私が予想した角度で車の後部に跳ね返ることはなく、そのまま私の体が床と水平になるまで倒れ込んだ。私が、この扉は、もしものときにガレージに止めた車に決して当たらない位置に設計されていたのだろうか、いや、そんなことを考えて設計するはずがないと、きわめて短い時間に考えているうちに、クッション性のあるものに倒れ込んだような感触を私に与えながら、音もせずに横倒しになった。
 私は、石膏ボードの向こう側に断熱材でも貼ってあったのだろうかと思った。それにしても、真っ暗だった。そんなはずはない。この時刻だったら、ガレージの中だって、こんなに暗くはないはずだ。まして、壁に大きな穴が開いているのだから、玄関側からの明かりがこれでもかというほど入ってくるはずである。
 私はスマホのライトをつけて確認した。驚いたことに、私が乗っかっているのは、石膏ボードではなく、籐製の屏風のようなものだった。二連の板状のものを蝶つがいで連結し、角度をつけることによって自立しているのだが、ちょうど二連の板の真ん中に私の体重がかかったから、一続きの板のようになってしまい、ぱったりと倒れた形である。
 その理屈はわかるが、そんなことはあり得ないのである。なぜさっきまで石膏ボードだったものが、籐製の屏風になってしまったのか? 私は突然マジシャンになったりはしない。
 よくわからないながらも、壁の復元に向けて行動を再開しなければと思い、私は起き上がり、籐製の屏風を自立させようとした。しかし、思ったより重たかったし、必要な力を出し切るための足場を確保するには、足元付近の状況をもう少しよく調べてみる必要があると思い、いったんあきらめることにした。そこでまず、私が倒れ込んだところを確認すると、ふとんが一組積んであった。これならば、先ほどのクッション性のある感触は納得できる。しかし、私がいつの間にガレージにふとんを積んでいたのか、その理由については、納得がいかないことこの上ない。
 とにかく、まずは、壁の穴から玄関側に戻り、電気のスイッチでも入れてみよう。そう思った私が、壁があるはずだと思った方を振り向いたときだった、突然部屋の中がまぶしい光で満たされた。私は目をしかめた。細く開けた目に、はじめはぼやっと人の形が見えた。すぐにそれは若い女性になった。寝間着姿だった。そして、おびえていた。
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うさぎの穴

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 うさぎの穴
◆ 執筆年 2024年